651.労働条件明示のルール改正

2024年3月21日

この令和6年4月から、労働基準法施行規則の「労働条件明示のルール」と「裁量労働規制の見直し」が施行される。

「裁量労働規制の見直し」は、特定企業と特定従業員が対象だが、

「労働条件明示のルール」は、多くの企業とすべての従業員に関係する改正だ。

したがって、「労働条件明示のルール」はよく理解して対処するという消極的な姿勢ではなく、

社内のやる気を引き起こす経営改革に繋げるという積極的な姿勢で対応したいものだ。

 

1 「労働条件明示のルール」改正の概要

下図のとおり、業種を問わず、すべての従業員に対する「労働条件明示のルール」が追加される。

                                         《厚生労働省サイトより作成》

 

「労働条件の明示」はもとから労働基準法で義務付けられているが、この4月から新たに4項目が追加されることになった。

これまでも、書面交付が必要な明示事項と、口頭でもよい明示事項は、次のように定められてた。

 <書面の交付が必要な明示事項>

  1.労働契約の期間
  2.就業場所、従事する業務内容
  3.始業、就業の時刻
  4.所定労働時間を超過した労働の有無
  5.休憩時間
  6.休日、休暇
  7.交代制勤務の際の就業時転換に関する事項
  8.賃金の決定や計算、支払の方法
  9.賃金の締切り、支払時期に関する事項
  10.解雇の理由を含む退職に関する事項

 

 <口頭での明示でも認められている事項>

  1.昇給に関する事項
  2.退職手当の適用範囲に関する事項
  3.退職手当の支払方法、時期に関する事項
  4.臨時で支払われる賃金、賞与に関する事項
  5.労働者負担に関する事項
  6.衛生、安全に関する事項
  7.職業訓練に関する事項
  8.災害補償、業務外傷病扶助に関する事項
  9.制裁、表彰に関する事項
  10.休職に関する事項

この令和6年4月から、これらに加えて、以下の4項目が付け加えられる。

 

 

2 「労働条件明示のルール」改正の内容

 

(1)就業場所と従事すべき業務の変更範囲の明示

これまでの「就業場所」と「業務の内容」に、「変更の範囲」が加わることとなった。

「変更の範囲」とは、将来の配置転換など人事異動で予想される就業場所や業務の範囲のことなどを指す。

人事異動などで転勤する可能性がある「場所」「職種の変更」は明示しなくてはならない!

 

これでこれまでのように、仕事を優先させた人事異動を突然行うことは労働基準法上はできなくなり、

あらかじめ転勤などで就業する場所や変更される業務については、すべての従業員(正社員・契約社員を問わず)に説明しておく

ことが必要となる。

 

 

(2)更新上限の有無と内容の明示

「更新上限」とは、有期契約の通算契約期間または更新回数の上限のことを指す。

契約社員には通算の契約期間や更新可能回数などを明示しなければならない!

 

これまでのように、経営状況などによる突然の契約打ち切りや契約更新の拒否などはできなくなった。

 

 

(3)無期転換を申込むことができる記載の明示

チョッと聞きなれない用語だが、「無期転換ルール」とは有期雇用者の申込によって、無期労働契約(期間を定めない労働契約)に

転換する規則のことだ。

有期労働契約が5年を超えて更新されたときに「無期転換申込権」は発生する!

 

たとえば、契約期間が1年の場合は5回目の更新後の1年間に、契約期間が3年間であれば1回目の3年間に「無期転換申込権」が

発生することになる。

そのタイミングで有期労働契約者から申込があれば、無期労働契約は成立することになる。

 

 

(4)無期転換後の労働条件の記載明示

加えて、無期転換後の労働条件の明示が求められることになる。

無期転換に切り替えた場合の労働条件はどうなるのか、「無期転換申込権」が発生するタイミングで明示することが重要になる。

無期転換後の労働条件は、正社員の労働条件とのバランスを考えることが大切!

 

無期転換後の労働条件は正社員との労働条件とのバランスが大切だと記載したが、それは「同一労働・同一賃金」のことである。

つまり、この改正の根底には「ダイバーシティ(人材の多様性を活かす)」の考え方があるので、

有期雇用と無期雇用とでライフ(生涯)プランにどう影響するのかなど、あらかじめ人事においてその違いを明確にしておいて、

有期契約者が無期契約を深く検討できるようにしておくことが大事になる。

「無期転換」とは、これからのダイバーシティ化対応の問題だ!

 

 

3 労働条件明示化ルールに考えられる対応

これら明示化に対する対応策としては、3つの対策が考えられる。

 

(1)労働条件通知書の見直し

当然のことながら「労働条件通知書」を見直さなければならない。

参考として、厚生労働省のサイトにm労働条件通知書の改正イメージ「モデル労働条件通知書」が公開されているので、

参考にされるとよい。

しかし大事なことは、表面的な体裁ではなく、多様化する従業員の働き方に対する考え方を会社として見直すことだ。

契約形態がどうであれ、また期間がどうであれ、共に一時期を同じ職場で過ごすわけであるから、それぞれの従業員が共感できる

労働条件を作って行きたいものだ。

そのことが社内士気を向上させ、付加価値に満ちた職場、社風を創ることにつながる!

 

 

(2)有期契約者の更新上限の確認

更新上限を明示するためには、有期契約者の契約更新回数や通算期間などの状況を確認をしておくことは確かに大切なことだ。

しかし、これも会社にとって有利になるという立場から考えるだけではなく、従業員の立場に立って考えることがもっと大切だ。

何故なら、活力ある職場や社風にしていくためには、まず会社を好きになってもらうことが大切だからだ。

更新上限などは従業員サイドにも立って考えることが大事!

 

 

(3)無期転換ルールが適用される有期契約者の把握

無期転換ルールが適用され、それぞれの無期転換申込権が発生する時期を把握しておくことも、労務上、大切なことである。

しかし視点を変えてみると、自分の回りをあれこれ会社が詮索するような行動に対しては、人は不信感を抱くものだ。

これは当然な反応であって、これらの積み重ねが、従業員と会社の隔たりや疑心暗鬼感を作って行くことになるのも事実だ。

したがって、本人にわからないようにこそこそと把握するのではなく、本人に制度改正の説明をし、堂々と把握することが大切だ。

有期契約者の意思確認は影で行うのではなく、本人に面談をして行うことが大切!

 

 

4 労働条件明示化ルールの注意点

(1)会社は「無期転換の申込」を断れない

まず知っておくべきことは、会社は「無期転換の申込」を断われないことだ。

「無期転換にしたい」と有期契約者より申し出があれば、その時点で「無期労働契約」は成立する。

申込があった場合の、後での雇止めなどは禁止されている。

したがって、この制度改正を「これからは人件費の負担になる」などと後ろ向きに捉えないで、

「これで長期雇用ができる環境になり、わが社も経験曲線などを有効に活用できる」などと、前向きに捉えることが大切だ。

無期転換申込を後ろ向きに捉えるのではなく、前向きに捉え、「発想の転換」をする!

 

*無期労働契約とは?  雇用期間に定めのない労働契約のことをいう。これによって、有期契約者も企業が定める年齢まで

            働けることになり、安定した働き方が可能となると考えられている。

 

(2)無期転換後もいわゆる「正社員」とは違う

無期労働契約がたとえ成立したとしても、雇用契約上は有期契約者が「正社員」になるわけではない。

有期契約労働から無期労働契約に変わり、定年まで契約期間の定めなく働けるようになる契約になるだけのことだ。

しかしここが難しいところで、これでは社内に分断を生じさせることにもなりかねない。

有期契約者と正社員との間で『分断』が生じかねない!

 

そこで人事としては、働いているという局面においては正社員と契約社員は同じとすべきだという考え方が生じる。

現実は、昇進なども正社員と契約社員とで違いを設けている企業が多いが、その考え方にも疑問が生じることになる。

使命感や人望などがあれば、契約社員にも本人の同意が得たうえで、正社員と同様に昇進させるべきという考え方になっていく。

昇進・昇級などの処遇は契約社員と正社員は同じにするのが、将来への道すじ!

 

では、違いはどこにあるのか?

それは退職金制度等になることが考えられるが、正解は契約社員を正規社員に移動させ、人材確保の機会とすべきという考え方が

正解のような気もする。

一時期、欧米型のフレキシブルな雇用体制が日本型経営の弱点・課題のようにも言われた時代があったが、

もうそろそろ欧米追随型の経営から脱却し、日本は日本の考え方の上で世界に通用する強い経営を目指しても良いのではないか。

 

 

 

今回の労働基準法施行規則の改正にはいろいろな課題が隠されている。

しかしそれを大変だと負担だけに捉えないで、これ人事政策の幅も拡げられると前向きに捉えることが大事だ。

そう考えることで、職場の生産性は上がり、付加価値も向上し、経営革新の道を歩めることになる。